監修者:よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
「入院費や施設費がずっと支払われるのか心配」
「一生働けない体になってしまった。今後の収入の補償はどうなるのか」
「意識が戻らないので成年後見人をつけなければならないのか」
遷延性意識障害の被害者やご家族の苦しさは甚大です。特にご家族の負担は精神的にも肉体的にも大変です。経済的負担も大きいです。
しかも、保険会社から受領できる賠償額はかなりバラツキがあるのが実情です。
この記事では遷延性意識障害の被害者のご家族にむけて、遷延性意識障害の症状、後遺障害等級、損害賠償などを交通事故に詳しい弁護士がわかりやすく解説します。
―――― 目次 ――――
- 1. 遷延性意識障害とは
- 2. 後遺障害の認定基準
- 3. 損害賠償のポイント
- 4. 成年後見申立が必要
- 5. 定期金賠償と一括払い
- 6. まとめ:遷延性意識障害
1. 遷延性意識障害とは
遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)とは、脳の損傷を受け、寝たきりとなってしまういわゆる「植物状態」を指します。
医学上は、以下の6つの条件が3ヶ月以上継続すると遷延性意識障害です。
- ① 自力で移動できない。
- ② 自力で食物を食べられない。
- ③ 糞尿失禁がある。
- ④ 声は出しても、意味のある発語はできない。
- ⑤ 簡単な命令には応じることもあるが、それ以上の意思の疎通ができない。
- ⑥ 目で物を追うこともあるが、認識できない。
遷延性意識障害は、現在の医療技術では有効な治療方法が確立していません。回復の見込みは残念ながら厳しいです。
もっとも、回復可能性が全くないわけではなく、わずかながらも指示に応じて手指を動かすことができるようになったり、コミュニケーションがとれるようになった例もあります。
2. 後遺障害の認定基準
遷延性意識障害は「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」(1級1号)の後遺障害となります。遷延性意識障害は、後遺障害の等級が問題になるケースは少ないです。
3. 損害賠償のポイント
遷延性意識障害の損害賠償で特に問題となるポイントは次のとおりです。
- ① 逸失利益
- ② 後遺障害慰謝料
- ③ 将来介護費
- ④ 将来治療費
- ⑤ 将来雑費
- ⑥ 自宅改造費
- ⑦ 車両改造費
① 逸失利益
逸失利益とは事故による収入の減少への賠償です。
遷延性意識障害になると仕事はできません。100%労働能力を喪失しています。そのため、事故がなければ将来得たであろう収入の100%を請求できます。
しかし、保険会社は、遷延性意識障害だと事故前より生活費が減っていると主張することがあります。具体的には、逸失利益から一定割合をマイナスするよう主張することがあります。生活費控除といいます。
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もっとも、遷延性意識障害でも、水道光熱費や娯楽の費用が全くかからないわけではありません。一定の生活費がかかることは明らかです。
過去には、遷延性意識障害で生活費控除をした裁判もありました。しかし、近年の裁判では生活費控除をしたものはほとんどありません。
保険会社が生活費控除をしてきたときは反論をしましょう。
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② 後遺障害慰謝料
遷延性意識障害は通常は後遺障害1級です。後遺障害慰謝料は裁判の基準では2800万円です。
もっとも、被害者の状態、家族の介護の状況などを考慮して、2800万円以上の後遺障害慰謝料や、家族固有の慰謝料を認めた裁判例もあります。
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③ 将来介護費
遷延性意識障害は、生命維持のため将来にわたり介護が必要です。
代表的なものは、食事、呼吸(たんの吸引)、床ずれ防止のための体位交換、排せつ(おむつ交換)、入浴、歯磨き、着替えなどです。介護のために必要な費用も当然賠償の対象となります。
たとえば、施設に入っている場合や自宅でヘルパー等職業付添人の介護を受ける場合、今後発生するであろう実費を算定し、将来の介護費として請求します。
裁判例では、介護費の日額は1~2万円が多いです。
しかし、保険会社はより低い介護費を主張するケースが多いです。
将来介護費は、具体的な介護の計画や証明方法によって、もらえる金額が大きく変わってきます。一生分の補償を決めるものですので、詳しい弁護士に相談の上、慎重に進めましょう。
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④ 将来治療費
将来治療費とは症状固定後の治療費です。症状固定後の治療費は、通常は請求できません。
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もっとも、遷延性意識障害となり、引き続き入院して治療を受けるときは、将来の治療費を請求できることがあります。
たとえば、自宅介護で定期的に医師の診察を受け、気管切開部や胃ろうの点検、全身状態の確認などを受けるときは、将来治療費を請求できることがあります。
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⑤ 将来雑費
将来雑費とは症状固定後の雑費です。たとえば、紙おむつや手袋、ガーゼ、タオル等の介護用品などです。
将来の雑費が必要なときは、将来雑費として請求できることがあります。
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⑥ 自宅改造費
自宅改造費とは、在宅介護をするときの自宅の改造費用です。
在宅介護では、自宅を改造する必要があることがあります。たとえば、浴室、便所、出入口、階段などです。
金額が大きくなることが多く、改造の必要性、改造の範囲の相当性などが争いになることも多いです。ケアマネージャーや工務店と慎重に打ち合わせを行い、必要性について後々十分に説明できるよう備えておく必要があります。
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⑦ 車両改造費
車両改造費とは、介護用自動車への改造や購入の費用です。
介護用車両が必要なときは、車両改造費として請求できることがあります。
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③ まとめ:損害賠償のポイント
遷延性意識障害では①逸失利益、②後遺障害慰謝料、③将来介護費、④将来治療費、⑤将来雑費、⑥自宅改造費、⑦車両改造費などが損害賠償のポイントです。
交渉方法により金額が大きく変わることがあります。遷延性意識障害では、交通事故に詳しい弁護士への相談を強くおすすめします。
4. 成年後見人の選任が必要
成年後見人とは、自身で意思決定ができなくなった場合に、本人に代わって身の回りの監護や財産管理を行う人です。
遷延性意識障害では被害者ご本人が何かを決めたり、保険会社と示談したりできません。そのため、成年後見人を決める必要があります。
成年後見人は、被害者の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行い、医師やケアマネージャー、ご家族の意見を聞きながら、家庭裁判所が決定します。
成年後見人の候補者を裁判所に推薦することはできます。もっとも、誰を成年後見人にするかは裁判所が決めます。
成年後見人は、交通事故の損害賠償の交渉、被害者の今後の身の回りの監護の方針など幅広い事項に関与します。
成年後見人の選任申立を裁判所にする前に、何が今後の被害者にとって望ましいかを弁護士と一緒に検討しましょう。
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5. 定期金賠償と一括払い
定期金賠償とは、一括払いで賠償金全額をもらうのではなく、毎年発生する費用は毎年決めた額をもらう方法です。
定期金賠償には次のメリットとデメリットがあります。
メリット
① 中間利息控除がない
② 後日の事情変更に柔軟に対応できる
③ 全額を使ってしまうことを回避できる
デメリット
① 保険会社との長期の交渉がわずらわしい
② 被害者の死亡など将来の事情により大幅に賠償額合計が減る可能性がある
③ 保険会社が倒産すると支払がなくなる
経験上は定期金賠償を希望する被害者は少ないです。定期金賠償の話題が出たときは、交通事故に詳しい弁護士に相談しながら、メリットとデメリットを慎重に検討しましょう。
6. まとめ:遷延性意識障害
遷延性意識障害は1級の後遺障害となります。
遷延性意識障害では次のような項目が増額の可能性が高いです。
- ① 逸失利益
- ② 後遺障害慰謝料
- ③ 将来介護費
- ④ 将来治療費
- ⑤ 将来雑費
- ⑥ 自宅改造費
- ⑦ 車両改造費
遷延性意識障害の損害賠償請求は、請求の方法によって大きな差が生じるものが多いです。遷延性意識障害に詳しい弁護士へのご相談をおすすめします。
(監修者 弁護士 粟津 正博)