高次脳機能障害での労災と自賠責の後遺障害等級の違い
監修者:よつば総合法律事務所
代表弁護士 大澤 一郎
- Q高次脳機能障害では労災保険と自賠責保険で後遺障害等級が異なることがありますか?
- A異なることがあります。異なるときは労災保険の等級が高く、自賠責保険の等級が低いことが多いです。
―――― 目次 ――――
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは脳損傷による認知障害全般です。様々な認知障害だけではなく、行動障害や人格変化を伴うことが多いです。症状には記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などがあります。
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後遺障害の認定基準
では高次脳機能障害の後遺障害の認定基準はどのようなものでしょうか?
交通事故では1級から14級までの後遺障害認定基準があります。高次脳機能障害では次の後遺障害の可能性があります。
等級 | 認定基準 |
---|---|
1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの |
2級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの |
3級3号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの |
5級2号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
7級4号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
9級10号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの |
12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの |
14級9号 | 局部に神経症状を残すもの |
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労災保険の基準
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」などの基準は抽象的です。具体的な基準が必要です。
では、労災保険の後遺障害認定基準は具体的にはどのようなものでしょうか?
労災保険では高次脳機能障害整理表に基づき後遺障害を決めます。具体的には次の順序で決めます。
- ①現在の状況が高次脳機能障害整理表のどの点にあたるか評価します。
- ②意思疎通能力、問題解決能力、作業負荷に対する持続力・集中力、社会行動能力の障害の程度に応じて後遺障害等級を決めます。
1級の具体的な基準
「高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」が1級です。具体的には以下のいずれかのときです。
- ①重篤な高次脳機能障害のため、食事・入浴・用便・更衣等に常時介護を要するもの
- ②高次脳機能障害による高度の痴ほうや情意の荒廃があるため、常時監視を要するもの
2級の具体的な基準
「高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの」が2級です。具体的には以下のいずれかのときです。
- ①重篤な高次脳機能障害のため、食事・入浴・用便・更衣等に随時介護を要するもの
- ②高次脳機能障害による痴ほう、情意の障害、幻覚、妄想、頻回の発作性意識障害等のため随時他人による監視を必要とするもの
- ③重篤な高次脳機能障害のため自宅内の日常生活動作は一応できるが、1人で外出することなどが困難であり、外出の際には他人の介護を必要とするため、随時他人の介護を必要とするもの
3級の具体的な基準
「生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、高次脳機能障害のため、労務に服することができないもの」が3級です。具体的には以下のいずれかのときです。
- ①4能力のいずれか1つ以上の能力が全部失われているもの
- ②4能力のいずれか2つ以上の能力の大部分が失われているもの
注 4能力とは意思疎通能力、問題解決能力、作業負荷に対する持続力・持久力、社会行動能力です。
注 「全部失われている」とは高次脳機能障害整理表の「全部喪失」です。「大部分が失われている」とは高次脳機能障害整理表の「大部分喪失」です。
5級の具体的な基準
「高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができないもの」が5級です。具体的には以下のいずれかのときです。
- ①4能力のいずれか1つ以上の能力の大部分が失われているもの
- ②4能力のいずれか2つ以上の能力の半分程度が失われているもの
7級の具体的な基準
「高次脳機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないもの」が7級です。具体的には以下のいずれかのときです。
- ①4能力のいずれか1つ以上の能力の半分程度が失われているもの
- ②4能力のいずれか2つ以上の能力の相当程度が失われているもの
9級の具体的な基準
「通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」が9級です。具体的には以下のときです。
- ①高次脳機能障害のため4能力のいずれか1つ以上の能力の相当程度が失われているもの
12級の具体的な基準
「通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、多少の障害を残すもの」が12級です。具体的には以下のときです。
- ①4能力のいずれか1つ以上の能力が多少失われているもの
14級の具体的な基準
「通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、軽微な障害を残すもの」が14級です。具体的には以下のときです。
①MRI、CT等による他覚的所見は認められないものの、脳損傷のあることが医学的にみて合理的に推測でき、高次脳機能障害のためわずかな能力喪失が認められるもの
等級 | 認定基準 |
---|---|
1級 | 高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの |
2級 | 高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの |
3級 | 生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、高次脳機能障害のため、労務に服することができないもの |
5級 | 高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができないもの |
7級 | 高次脳機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないもの |
9級 | 通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの |
12級 | 通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、多少の障害を残すもの |
14級 | 通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、軽微な障害を残すもの |
意思疎通能力に障害がある例
では具体例で確認しましょう。たとえば、意思疎通能力が次の通りとします。
- ①職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、意味を理解するためには、たまには繰り返してもらう必要がある。
- ②かかってきた電話の内容を伝えることはできるが、時々困難を生じる。
このような状況は、意思疎通能力につき困難はあるものの多少の援助があればできる状態です。4能力の1つである意思疎通能力が相当程度が失われていると評価されます。
その結果、通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるものと評価されます。
したがって後遺障害9級になります。
自賠責保険の基準
では自賠責保険の後遺障害認定基準はどのようなものでしょうか?
自賠責保険の後遺障害認定基準は非公開です。労災保険の後遺障害認定基準を参考にしつつも、日常生活への影響なども考慮して判断すると考えられています。
労災保険と自賠責保険では判断の基準が異なります。そのため、労災保険と自賠責保険では異なる後遺障害等級となることがあります。
異なる等級のときの対応
では労災保険と自賠責保険で異なる等級のときはどうすればよいでしょうか?
異なる等級のときは、労災保険の後遺障害等級が高く、自賠責保険の等級が低いことが多いです。
異なる等級のときは次のような方法があります。
- ①異なる等級を前提にした示談交渉
- ②自賠責保険の後遺障害等級への異議申立
- ③裁判
どの方法がよいかは個別の状況によります。まずは自賠責保険の後遺障害等級への異議申立を検討するのがよい場合が多いです。
よくあるQ&A
- Q労災より自賠責の等級が下です。どうすればよいですか?
- A自賠責の等級への異議申立を検討しましょう。労災の後遺障害認定結果を添付し、追加で提出できる医学的な資料があれば提出しましょう。
【解説】
- 脳のMRIやCT画像所見で異常があり、未提出のものがあれば提出しましょう。
- 神経心理学的検査で異常があり、未提出のものがあれば提出しましょう。
- その他、主治医が作成した資料で未提出のものがあれば提出しましょう。
- Q労災と自賠責の後遺障害申請はどちらもした方がよいですか?
- A高次脳機能障害の場合、どちらもした方がよいことが多いです。自賠責より労災の等級が高くなった場合、受領できる金額の合計額が増えることがあります。
【解説】
- 労災保険と自賠責保険では支払基準が異なります。そのため、労災で自賠責保険より高い等級が認定されると、労災分の補償が増える可能性があります。
- Q労災と自賠責の後遺障害申請のどちらを先にした方がよいですか?
- A一律の基準はありません。労災の申請を先にすることが経験上は多いです。
【解説】
- 労災と自賠責の後遺障害申請のいずれを先にすることも可能です。
- ただし、労災が高い後遺障害認定結果となることがあります。そのため、労災を先行することが経験上は多いです。
- Q労災と自賠責の等級が違う場合、裁判をする方法もありますか?
- Aあります。ただし、裁判では自賠責の判断を前提とした判決となる可能性が高いです。まずは自賠責保険への異議申立をお勧めします。
【解説】
- 裁判では全ての証拠を元に裁判官が最終的な判断をします。現在の仕事や生活がどのようなものかを証明すれば、自賠責より判決が高い等級になることもあります。
まとめ:労災と自賠責の後遺障害等級の違い
- 高次脳機能障害では、労災保険と自賠責保険で異なる後遺障害等級となることがあります。労災保険の等級が重いことが多いです。
- 労災保険と自賠責保険の等級認定が異なる場合、軽い後遺障害認定への異議申立を検討しましょう。
(監修者 弁護士 大澤 一郎)