障害者が交通事故にあったときの逸失利益
監修者:よつば総合法律事務所
弁護士 川田 啓介
- Q障害者が交通事故にあったときの逸失利益の基礎収入はどのように計算しますか?
- A逸失利益の基礎収入は、平均賃金を少し減らした金額で計算することが多いです。もっとも、大きな議論のあるところですので異なる結論になることもあります。
―――― 目次 ――――
- 1. はじめに
- 2. 事案の概要
- 3. 逸失利益とは
- 4. 裁判所の判断(大阪地方裁判所令和5年2月27日判決)
- 5. 障害者の逸失利益の算定の具体例
- 6. まとめ:障害者が交通事故にあったときの逸失利益
1. はじめに
平成30年、大阪市生野区で重機にはねられて、当時11歳の少女が死亡する事故が発生しました。
令和5年2月27日、少女の遺族が、運転手やその勤務会社らに約6100万円の損害賠償を請求した訴訟の判決がありました。
今回の裁判では、被害者の逸失利益をどのように算定するかが争いになりました。逸失利益とは、事故がなかったならば将来の労働で得られたであろう利益です。
大阪地方裁判所は3700万円あまりの支払義務を認定しました。
今回は、裁判で特に問題になった「障害者が交通事故にあったときの逸失利益」について弁護士が解説します。
2. 事案の概要
被害者は生まれつき難聴を患っており、身体障害者手帳3級の交付を受けていました。本件訴訟では、被害者の逸失利益が争いになりました。
遺族らは被害者の逸失利益につき、将来の就職や進学の可能性が高いとして全労働者の平均賃金497万円に基づき請求していました。
これに対して加害者らは、聴覚障害者の進学や就職は困難が伴うとして、当時の聴覚障害者の平均年収294万円を基準にすべきであると主張しました。
3. 逸失利益とは?
逸失利益とは、交通事故にあわなければ本来得られたであろう利益、収入のことです。
交通事故によって亡くなったり、後遺障害が認定されたときに請求しうる損害になります。
関連情報
4. 裁判所の判断(大阪地方裁判所令和5年2月27日判決)
結論から申しますと、被害者には将来の多様な就労可能性があったとしても、聴覚障害が将来の労働能力に影響がないものとは言えないとして、全労働者の平均賃金の85%(422万6200円)を基準として逸失利益を算出すべきであると判断しました。
一般に、交通事故により死亡した年少者の逸失利益については、将来の予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り蓋然性のある(確実性の高い)額を算出するよう努めるべきとされています。
裁判所は、被害者が3級の身体障害者手帳の交付を受けていたことの影響を考慮する一方で、日常コミュニケーションの状況や学業成績の他、近年聴覚障害者の大学等への進学率が向上していることや、テクノロジーの発達によるコミュニケーション方法の進歩などの社会背景をも考慮して、最終的には全労働者の平均賃金の85%を基準としました。
関連情報
5. 障害者の逸失利益の算定例
一口に障害といっても、その内容や程度は千差万別です。そこで、過去の裁判例において、障害者の逸失利益について判断した事例があるためご紹介します。
① 重度の知的障害を持つ児童が福祉施設において事故死した事件において、最低賃金額を基準として逸失利益を認めた事例(青森地方裁判所平成21年12月25日判決)
② ダウン症の3歳の女児が保育所のプールで溺死した事件について、平均賃金の70%の逸失利益を認めた事例(さいたま地方裁判所平成27年12月11日判決)
このように、障害者の逸失利益については、全労働者の平均賃金を基準に算出することは少ない傾向にあります。
6. まとめ:障害者が交通事故にあったときの逸失利益
今回は、障害者の逸失利益についての裁判例をご紹介しました。障害者の逸失利益については、全労働者の平均賃金を基準に算出することは少ないです。
しかし、昔と最近では、障害者の就労状況はずいぶん変わってきているように感じられます。
障害を持っているから将来の収入も低いだろう、と考えられてしまうのは個人的に納得いかないところです。もっとも、今回の裁判例においては現代の日本の労働の多様性にもフォーカスしているようにも思います。
世の中にはいろいろな事情や障害を抱えた方がいらっしゃいます。お互いに協力し、より誰もがそれぞれの個性を発揮できるような世の中になっていくことを願います。
(監修者 弁護士 川田 啓介)