監修者:よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
人身傷害保険とは、交通事故で負傷等したときに人身損害を補償する、自らの任意保険に付帯した保険です。
この記事では、人身傷害保険がある被害者にむけて、人身傷害保険を使うのが望ましい場合や、人身傷害保険のメリットとデメリットを交通事故に詳しい弁護士がわかりやすく解説します。
なお、人身傷害保険は複雑な保険です。悩んだときは弁護士へのご相談をまずはおすすめします。
―――― 目次 ――――
人身傷害保険とは
人身傷害保険とは、交通事故で負傷等したときに、人身損害を補償する、自らの任意保険に付帯した保険です。人身傷害補償保険や、人身傷害特約などの名称もあります。単に人傷(じんしょう)などと略することも多いです。
人身傷害保険の特徴は次の点です。
- 補償は人身損害のみである
- 保険会社約款で支払基準が決まっている
- 過失相殺がない
- 利用しても保険料が上がらない
補償は人身損害のみである
人身傷害保険の補償は人身損害のみです。車の修理費やその他物的損害は補償の対象ではありません。
物的損害は、事故の相手方への請求が必要です。車両保険など自らの別の保険への請求も選択肢の1つです。
保険会社約款で支払基準が決まっている
治療費や交通費、休業損害、慰謝料などが人身傷害保険の支払の対象です。人身傷害保険と加害者の対人賠償保険は支払の対象となる項目は原則一致します。
もっとも、人身傷害保険の支払総額は保険契約時に決めた金額の範囲内です。また、人身傷害保険の個々の損害項目の計算も、保険約款に定める基準で行います。
たとえば、慰謝料は、加害者に請求するときの基準と比較して低額のことが多いです。
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過失相殺がない
被害者にも過失があるとき、人身傷害保険は有利になることがあります。
加害者の対人賠償保険に請求する場合、被害者の過失分は支払額から差し引きます。
人身傷害保険で自らの保険会社に請求する場合、被害者の過失分は支払額から差し引きません。
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保険料が上がらない
人身傷害保険を使う場合、翌年以降の保険料が上がらないことが多いです。
ただし、保険契約の内容により保険料が上がることもあります。気になるときは利用前に保険会社に確認しましょう。
人身傷害保険を使うとき
では、人身傷害保険を使うのはどのようなときでしょうか?
次のようなときは人身傷害保険を利用することが多いです。
- 単独事故のとき
- 過失がある事故のとき
- 加害者が無保険のとき
- 加害者が事故を認めない等のとき
- 加害者の任意保険会社が治療費や休業損害を打ち切るとき
単独事故のとき
運転中に誤って電柱に衝突するような事故を単独事故といいます。
単独事故で負傷した場合、加害者はいません。そのため、自らの人身傷害保険を使うことが多いです。
人身傷害保険を使うと、治療費や交通費、休業損害、慰謝料などの補償があります。
過失があるとき
過失があるときも自らの人身傷害保険を使うときがあります。たとえば、次のようなときです。
- 自らの過失が大きいとき
- 自らに一定程度過失があるとき
どの程度の過失割合のときに人身傷害保険を使うかはケースバイケースです。過失が5割以上のときは人身傷害保険を使うでしょう。過失が3割程度のときも人身傷害保険を使うこともあります。
過失があるときに人身傷害保険金を使うことにより、トータルの受領額を多くできることがあります。
ただし、過失ありの事案で人身傷害保険を使うかは専門的な判断が必要です。悩んだときは交通事故に詳しい弁護士へのご相談をおすすめします。
加害者が無保険のとき
加害者が無保険のときは人身傷害保険を使うことが多いでしょう。
加害者が無保険の場合、治療費等を立て替えた上で、加害者に直接請求しなければなりません。しかし、立替や加害者との交渉は被害者にとってかなりの負担です。
人身傷害保険を使えば、保険会社が病院に治療費を直接支払うことが多いです。休業損害や慰謝料等も迅速に支払われます。
加害者が事故を認めない等のとき
加害者が事故を認めないときは人身傷害保険を使うことが多いです。加害者が自身の過失が少ないと強弁するときも同様です。
加害者が事故を認めない等のとき、加害者の任意保険会社も被害者や病院への治療費などの支払をすぐには行いません。
人身傷害保険を使えば、自らの保険会社が病院に治療費を直接支払うことが多いです。休業損害や慰謝料等も迅速に支払われます。
加害者の任意保険会社が治療費や休業損害を打ち切るとき
加害者が任意保険に入っていて当初治療費を支払っているときも、一定期間が経過すると治療費の支払いを打ち切るときがあります。休業損害等も打ち切るときがあります。
打ち切りの場合、以降の治療費や休業損害を人身傷害保険会社が支払う可能性があります。ただし、支払いがないときもあります。
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まとめ:人身傷害保険を使うとき
次のようなときは人身傷害保険を利用することが多いです。
- 単独事故のとき
- 過失がある事故のとき
- 加害者が無保険のとき
- 加害者が事故を認めない等のとき
- 加害者の任意保険会社が治療費や休業損害を打ち切るとき
人身傷害保険を使うメリット
人身傷害保険を使うメリットは次の点です。
- 単独事故や加害事故のときに治療費や慰謝料を請求できる
- 加害者が無保険のときに早期に支払いを受けることができる
- 加害者や加害者の保険会社が事故を否認したり、治療費を打ち切ったりしたときに、治療費や慰謝料を請求できる可能性がある
- 加害者だけに請求するときより金額が高額になる可能性がある
単独事故や加害事故のときに治療費や慰謝料を請求できる
自らの過失のみを原因とする事故の治療費等は自己負担が原則です。しかし、人身傷害保険を使うと保険金を受け取ることができます。
加害者が無保険のときに早期に支払いを受けることができる
加害者が無保険のとき、加害者に治療費や休業損害を請求したり、一時的に立て替えたりすることはかなりの負担です。加害者にお金がないときもあります。人身傷害保険で速やかに治療費や休業損害の支払いがあることは大きなメリットです。
加害者や加害者側の保険会社が事故を否認したり、治療費を打ち切ったりしたときに、治療費や慰謝料を請求できる可能性がある
加害者と被害者の主張が食い違い平行線となれば、裁判所で解決するのが通常の流れです。もっとも、裁判は決着までにかなりの期間を要します。
加害者の主張が理不尽なとき、人身傷害保険会社が事故の原因や治療の必要性等につき被害者の主張を認め、保険金を支払えば大きな助けになります。
加害者だけに請求するときより金額が高額になる可能性がある
人身傷害保険の保険金計算上の最も大きなメリットは、自らに過失があっても減額はなく、保険金満額の支払いがあることです。
過失の程度によっては、加害者に請求するより高額を人身傷害保険金から受領できることもあります。
まとめ:人身傷害保険を使うメリット
人身傷害保険を使うメリットは次の点です。
- 単独事故や加害事故のときに治療費や慰謝料を請求できる
- 加害者が無保険のときに早期に支払いを受けることができる
- 加害者や加害者の保険会社が事故を否認したり、治療費を打ち切ったりしたときに、治療費や慰謝料を請求できる可能性がある
- 加害者だけに請求するときより金額が高額になる可能性がある
人身傷害保険を使うデメリット
では、人身傷害保険を使うデメリットはあるでしょうか?
人身傷害保険を使う場合、大きなデメリットはありません。
人身傷害保険を使うことで、保険料が上がることも原則ありません。
ただし、人身傷害保険会社の支払金額は、保険会社の基準や計算方法により決まっています。たとえば、慰謝料などをみると、加害者に請求できる基準と比べて低額であることが多いです。
それでは、人身傷害保険金を受領した後でも、加害者にさらに請求できるでしょうか?
人身傷害保険金を受領した後でも、加害者にさらに請求できます。
加害者がいる事故で自身の保険を使うことに心理的に抵抗がある方もいます。しかし、人身傷害保険を使っても、加害者の賠償責任は免除となりません。
自らの保険会社は人身傷害保険金を支払った後、加害者に請求することが多いです。ですので、人身傷害保険を使う場合、人身傷害保険会社が被害者の損害を立て替えて、加害者に請求するというイメージが正確かもしれません。
保険金の受領の順序が重要
人身傷害保険は保険金の受領の順序が重要です。具体的には、人身傷害保険金と加害者任意保険からの損害賠償金の受領の順序です。
具体例でみていきましょう。
総損害額が1000万円、人身傷害保険の基準による支払額は700万円とします。人身傷害保険金700万円を先に受領しました。被害者の過失割合は20%です。
- 総損害額 1000万円
- 人身傷害保険から700万円を受領
- 被害者の過失割合20%
この場合、加害者任意保険会社にはいくら請求できるでしょうか?
被害者は300万円を加害者任意保険会社に請求できます。総損害額1000万円のうち700万円を受領済のため、残りの300万円を加害者に請求できます。過失20%があるにもかかわらず300万円請求できます。
人身傷害保険に先に請求する場合、受領できる金額は合計1000万円です。
- 人身傷害保険金700万円
- 加害者任意保険会社からの保険金300万円
過失20%にもかかわらず、800万円ではなく1000万円全額を受領できます。
今の事例は人身傷害保険を先に請求した事例です。
では、加害者の任意保険会社に先に請求し、その後人身傷害保険に請求するとどうなるでしょうか?
各保険会社の約款により結論は異なりますが、総額1000万円全額は受領できないことが多いです。約款に細かいルールがあります。
人身傷害保険と加害者任意保険会社のいずれに先に請求するかにより、合計の受領額が変わってきます。過失がある事案の場合、人身傷害保険に先に請求した方が合計の受領額が増えることが多いです。
人身傷害保険と加害者任意保険の請求の順序は複雑な問題です。裁判の有無により結論が変わることもあります。交通事故に詳しい弁護士への相談をおすすめします。
人身傷害保険利用の具体例
よつば総合法律事務所で人身傷害保険を利用して解決した事例を紹介します。人身傷害保険がある場合、請求の方法により合計での受領額が変わるので注意しましょう。
- 加害者が無保険であったため、人身傷害保険を利用して治療費、休業損害、慰謝料等の名目で80万円を受け取り、さらに加害者に差額20万円を請求して解決した事例
- 被害者に過失があったため、人身傷害保険を利用して先に135万円を受領し、後から225万円を受領した事例(後遺障害14級9号)。既払の人身傷害保険金は先に被害者の過失部分に充当して、控除することを認めさせた事例
- 交通事故紛争処理センターを利用して加害者側から970万円を獲得。さらに人身傷害保険を請求して310万円を獲得した事例(後遺障害12級7号)
- 被害者に過失があったため、人身傷害保険金を先行受領し、加害者側に差額を請求したものの、人身傷害保険金額全額を控除すると主張し続けたため訴訟提起した事例。裁判所において人身傷害保険金は被害者の過失から充当することを確認し、最終的に人身傷害保険金と損害賠償金と併せて損害額全額(390万円)を獲得した事例
- 予め人身傷害保険会社から、訴訟において損害総額及び被害者責任割合が定められれば、その被害者責任割合に相当する金額を人身傷害保険金として支払うとの見解を確認し、加害者に対して損害賠償請求を先行して提起。、最終的に加害者から470万円、人身傷害保険から150万円を獲得した事例
よくあるQ&A
- Q人身傷害保険と加害者任意保険のどちらを利用して通院すればよいですか?
- A通常の被害事故は、加害者加入の任意保険を利用することが一般的です。
ただし、ご自身にも過失が一定程度ある場合、加害者が事故を否認する場合などは人身傷害保険を利用して通院したほうがよいこともあります。
関連情報
- Q人身傷害保険と加害者任意保険ではどちらを先に示談するのがよいですか?
- A人身傷害保険金を先に示談した後に、加害者加入の任意保険会社と示談するのがよいでしょう。被害者は過失がないときと同じように、人身傷害保険金と損害賠償金を合わせて損害額全額を受け取ることができる可能性があります。
まとめ:人身傷害保険
人身傷害保険とは、交通事故で負傷等したときに、人身損害を補償する自らの任意保険に付帯した保険です。
人身傷害保険は①補償は人身損害のみである、②保険会社約款で支払基準が決まっている、③過失相殺がない、④利用しても保険料が上がらない等の特徴があります。
人身傷害保険を使うメリットは次の点です。
- 単独事故や加害事故のときに治療費や慰謝料を請求できる
- 加害者が無保険のときに早期に支払いを受けることができる
- 加害者や加害者の保険会社が事故を否認したり、治療費を打ち切ったりしたときに、治療費や慰謝料を請求できる可能性がある
- 加害者に請求するときより金額が高額になる可能性がある
人身傷害保険はルールが複雑です。悩んだときは交通事故に詳しい弁護士に相談しましょう。
(監修者 弁護士 粟津 正博)