上腕神経叢麻痺
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上腕神経叢麻痺の解説
上腕神経叢麻痺(じょうわんしんけいそうまひ)は、頚椎神経根の引き抜き損傷です。そのため、自賠責保険では、脊椎・脊髄の障害として取り扱っています。しかし、上腕神経叢麻痺の症状は上肢に生じるため、上肢の障害として解説します。
手指を含む上肢の運動は、脳から出された命令が頚髄から出ている神経根を通って、末梢神経に伝えれられることでなされます。頚髄から上肢へ出ている神経は、次の5つであり、そこから出ている神経が叢(くさむら)のように複雑に交差しているところを、腕神経叢と呼んでいます。
- C5(第5頚髄神経) 主に肩の運動をつかさどっています。
- C6(第6頚髄神経) 主に肘の屈曲をつかさどっています。
- C7(第7頚髄神経) 主に肘の伸展と手首の伸展をつかさどっています。
- C8(第8頚髄神経) 主に手指の屈曲をつかさどっています。
- T1(第1胸髄神経) 主に手指の伸展をつかさどっています。
腕神経叢に損傷が起こって上肢の運動に障害が生じることがあります。その中でも多いのは牽引損傷です。具体的には、頭部が側方に傾き、他方の肩関節が下方に引き下げられるという外力が加わることによって腕神経叢に牽引力が加えられることによって、側頚部から出ている神経根が引き抜かれたり神経が引きちぎられたりする事態に至ります。最も多い原因は交通事故で、特にオートバイ事故です。
引き抜き損傷の中でも全型麻痺と呼ばれるものでは、肩・肘・手関節の用を廃し、手指もピクりとも動かず、上肢全体が感覚脱失となります。「1上肢の用廃」で5級6号が認定されることがある深刻な後遺障害となります。
①脊髄から神経根が引き抜かれる損傷が最も重篤で予後は不良です。
引き抜き損傷であれば、脊髄液検査で血性を示し、CT脊髄造影(ミエログラフィー)検査で、造影剤が漏出することが画像で示されます。立証は難しくありません。
そして、引き抜き損傷では、眼瞼下垂、縮瞳及び眼球陥没を三大徴候とするホルネル症候群を伴うことが多く、手指の異常発汗が認められます。
②神経根からの引き抜きはないものの、その先で引きちぎられて断裂に至ることがあります。
断裂損傷においては、ミエログラフィー検査で異常が認められず、ホルネル症候群も、異常発汗を示さないこともあります。
このケースでは、脊髄造影、神経根造影、自律神経機能検査、針筋電図検査等の電気生理学的検査、MRI画像などで立証を試みることになります。
③神経外周の連続性は温存されているのに、神経内の軸索のみが損傷されているのを軸索損傷と呼びます。このケースであれば、3か月程度で麻痺が自然回復し、後遺障害にいたることはまれです。
④神経外周も軸索も切れていないのに、神経自体がショックに陥り、麻痺している状態があります。
神経虚脱と呼ばれていますが、3週間程度で麻痺は回復します。これも後遺障害の対象には通常はなりません。
治療は、③や④のように神経の連続性が保たれているときは保存療法が行われます。①の引き抜き損傷では、受傷後、できるだけ早期に神経縫合や肋間神経交差縫合術、腱移行術などの機能再建術や血管柄付き遊離筋移植術を受けることが肝要です。受傷から6か月経過した段階で手術をしても、筋肉が萎縮し、たとえ神経が回復しても充分な筋力が回復しないことがあります。②の神経断裂においては、早期の神経移植術が肝要です。
上腕神経叢麻痺の後遺障害認定のポイント
1 手の外科の専門家の診察が重要
手の外科の専門医の診察を受けた方がよいでしょう。少なくとも、受傷から6か月以内に適切な観血的手術がなされないと、回復は期待できず、深刻な後遺障害を残す可能性が高まります。
2 後遺障害等級
①全型の引き抜き損傷においては、肩・肘・手関節・手指の用廃であり、「1上肢の用廃」で5級6号の認定に至ることが考えられます。
②C6~T1の引き抜き損傷においては、「1上肢のうちの2関節」の用廃で6級6号に、「手指の用廃」で7級7号にそれぞれ当たり、結論として併合4級とも考えられます。もっとも「1上肢を手関節以上で失った」には及ばないことから、併合6級の認定に至ることが考えられます。
③C7~T1の引き抜き損傷においては、「手関節の著しい機能障害」で10級10号に、「5の手指の用廃」で7級7号にそれぞれ当たり、結論として併合5級とも考えられます。もっとも「1上肢の2関節の用廃」には及ばないことから、併合7級が認定されることが考えられます。
④C8~T1の引き抜き損傷では、「5の手指の用廃」で7級7号の認定に至ることが考えられます。